遺産分割協議は、原則として相続人全員の参加がなければ成立しません。一人でも欠ければ、協議書は無効です。預金の解約も、不動産の名義変更も、その先には進みません。
けれども、ご家族の関係は時代とともに変化します。長年連絡を取っていない兄弟、海外に渡って消息が分からない親族、何十年も前に家を出てそれきりの叔父・叔母──。そうした方が相続人に含まれる場合、どう進めればよいのか。
I行方不明者がいると、協議は進まない
たとえば、こんなご相談を、私たちはしばしばお受けします。
「父が亡くなり、母と私たち兄弟で遺産を分けることになりました。けれど、長兄が20年以上前に家を出て、現在の所在がまったく分からないのです。実家を母名義にしたいのですが、銀行も法務局も『相続人全員の協議書がないと駄目』の一点張りで、何も進みません」
このような場合、行方不明の長兄を「いないもの」として進めることはできません。その方の相続権は法律上消滅していないからです。協議書に署名押印を取り付けるためには、まず所在を見つけるか、見つからなければ法的な代替手段を取るか、どちらかが必要となります。
IIまず取り組む──戸籍・住民票による所在調査
「行方不明」とご家族が思っていても、実際には戸籍や住民票をたどることで、所在が判明する事例が少なくありません。最初に試みるべきは、書類による調査です。
具体的には、次の手順で進めます。
- その方の戸籍謄本を取得し、本籍地を確認する
- 本籍地の市町村役場で戸籍の附票を取得する(附票には現住所が記載されている)
- 記載された住所に手紙を送る(到達すれば連絡が取れる)
- 転居先不明で返送された場合、住所地の役場で住民票の除票を取り、転出先を追う
これらの手続を尽くしても所在が判明しない、あるいは連絡を取っても返答がない──こうした「真に行方不明」と認められる状況になって初めて、法的な代替手段の検討に進みます。
III不在者財産管理人──協議のために、代理人を立てる
所在不明の方の財産を管理し、遺産分割協議に参加する代理人を、家庭裁判所に選任してもらう制度が不在者財産管理人です(民法第25条)。
申立先は、不在者の従来の住所地または居所地を管轄する家庭裁判所です(京築地方なら、最後の住所地によって福岡家庭裁判所行橋支部などが管轄となります)。申立人は、ご家族その他の利害関係人がなることができます。
選任された不在者財産管理人は、家庭裁判所の許可を得て、遺産分割協議に不在者の代理として参加します。これにより、協議書の作成・登記手続・預金解約まで進めることができます。
IV失踪宣告──相続人から外す、最終手段
不在者の生死が長期間不明な場合に、その方を法律上「死亡したもの」とみなすのが、失踪宣告です(民法第30条)。
失踪宣告には二つの類型があります。
- 普通失踪:生死不明の状態が七年間継続したとき。七年経過時に死亡したものとみなされる。
- 特別失踪:戦争、船舶の沈没、震災等の危難に遭遇し、その危難が去った後一年間生死不明の場合。危難が去った時に死亡したものとみなされる。
失踪宣告がなされると、その方は法律上死亡したものとして扱われます。これにより、その方は相続人から完全に外れ、残りの相続人だけで遺産分割協議を進められます。
ただし、失踪宣告は不在者の権利関係を根本から変える重大な手続であり、家庭裁判所の慎重な審理が行われます。申立てから宣告まで、おおむね半年から1年程度かかるのが一般的です。
Vどちらを選ぶべきか
不在者財産管理人と失踪宣告、どちらを選ぶかは、ご事情によります。
| 視点 | 不在者財産管理人 | 失踪宣告 |
|---|---|---|
| 行方不明期間 | 特に要件なし | 原則七年(特別失踪は一年) |
| 不在者の地位 | 相続人として残る | 死亡したものとみなされる |
| 不在者の取得分 | 法定相続分を確保 | 不在者を除いて分割 |
| 所要期間(目安) | 2〜3か月 | 6か月〜1年 |
| 本人が現れた場合 | 残された財産を本人に返還 | 宣告取消しの上、財産の現状返還 |
「比較的最近、連絡が途絶えた」「いずれ現れる可能性がある」というケースでは不在者財産管理人が現実的です。「もう何十年も生死不明、戸籍も動いていない」というケースでは失踪宣告を視野に入れる、というのが大まかな目安です。
行方不明者がいる相続を、何もせずに先送りすることは、現実的には「相続手続そのものを停止させる」ことを意味します。預金は凍結したまま、不動産の名義は被相続人のまま、固定資産税だけが続く──こうした状態を、私たちは数多く見てまいりました。
不在者財産管理人や失踪宣告は、たしかに手間と時間と費用がかかります。けれども、その先に「相続を完了させる」というゴールがあります。動くことに、価値はあります。
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