はじめに、率直なことを申し上げます。法定相続分は、遺産分割協議で合意ができないときに調停・審判で依拠される強い基準です。「目安にすぎない」と書かれた解説を目にされることもあるかと存じますが、実務感覚としてはそうではなく、家庭裁判所はまず法定相続分を出発点として遺産分割を行います。

そのうえで、介護や生前贈与などの個別事情を相続分に反映させる仕組みとして、民法には寄与分特別受益の制度が用意されております。ただし、これらの主張が認められるためのハードルは、いずれも実務上かなり高く、認められたとしても評価額は概して控えめです。期待を持って交渉に臨むより、制度の輪郭と相場感を正確に踏まえたうえで方針を立てる方が、結果として納得のいく解決に近づきます。

I法定相続分は強い基準──まずこの前提から

民法第900条は、相続人ごとの相続分を定めています。配偶者と子なら配偶者1/2・子全員で1/2、子どもが複数いるなら均等、といったあの数字です。

相続人全員が合意できるなら、配分は自由です。「長男に多めに」「介護をした次女に厚く」も、全員の同意があれば自由に取り決められます。これは事実です。

もっとも、合意ができないときに調停・審判に進むと、家庭裁判所は法定相続分による分配を出発点とします。寄与分や特別受益の主張がなされても、それらが認められるのは、要件を満たしていることが資料によって立証された範囲に限られます。「自分が介護をしたから当然多めにもらえるはず」という心情だけで法定相続分が動くわけではない──ここが、相続人どうしの話し合いと、調停・審判の現場とで、最も期待のずれが生じる部分です。

ですから、寄与分・特別受益の主張をどう組み立てるかは、法定相続分という強い重力の中で、どこまでの修正を客観的に基礎づけられるかという問題として向き合うべきものです。

II寄与分──「特別の寄与」のハードルの高さ

寄与分とは、被相続人(亡くなった方)の財産の維持または増加に「特別の寄与」をした相続人に、その貢献分を加算して相続させる仕組みです(民法第904条の2)。寄与分として議論されることが多いのは、次の類型です。

もっとも、寄与分が調停・審判で認められるためのハードルは、率直に申し上げてかなり高いのが実情です。条文上の要件である「特別の寄与」は、文字どおり家族として通常期待される範囲を超えた、特別な寄与を要求します。配偶者間の協力扶助義務、親子間の扶養義務の枠内にとどまる行為は、どれほど献身的であっても「特別」とは評価されません。

類型ごとに、実務でよく問題となる点を整理いたします。

そして、仮に寄与分が認められたとしても、評価額は概して控えめです。たとえば療養看護型では、家庭裁判所の調停・審判実務では、介護報酬基準額に一定の裁量割合(おおむね0.5〜0.8程度)と日数を乗じて算定するのが標準的な手法ですが、相続人どうしの関係性や扶養義務との関係から、最終的に認められる金額が遺産全体に対して占める割合は、ご想像より小さなものにとどまることが少なくありません。

Point 2019年の民法改正により、相続人でない親族(例:被相続人の長男の妻)が介護等に貢献した場合、「特別寄与料」を相続人に請求できる制度も新設されました(民法第1050条)。「亡き義父の介護を、ずっと自分が担った」というお嫁さんが、貢献を金銭で評価される道が制度上は開かれたかたちです。

もっとも、特別寄与料の認められる範囲も、寄与分と同様に「特別の寄与」の要件を満たすことが必要で、かつ、相続の開始および相続人を知った時から6か月(または相続開始の時から1年)という極めて短い期間制限があります(同条第2項)。期間制限の厳しさから、活用の例も限定的です。

III特別受益──持ち戻しが認められる範囲

もう一方の特別受益は、被相続人から生前に贈与や遺贈を受けた相続人がいる場合に、その分をいったん遺産に「持ち戻して」計算する仕組みです(民法第903条)。

特別受益として議論されることが多いのは、次のような贈与です。

もっとも、これらに該当しそうな贈与であっても、当然に特別受益として持ち戻されるわけではありません。要件としては、その贈与が「婚姻、養子縁組のため若しくは生計の資本として」されたものでなければならず(民法第903条第1項)、扶養義務の履行や、社会通念上相応の援助の範囲にとどまるものは、特別受益にはあたらないとされる傾向にあります。たとえば、大学までの学費は、近時の社会通念上は通常の扶養の範囲と評価されることが多く、特別受益として持ち戻されるのは、留学や大学院など、他のきょうだいとの間に明らかな均衡を欠く支出に限られます。

また、被相続人が「持ち戻しを免除する」旨の意思表示をしていた場合(民法第903条第3項)、特別受益の持ち戻しは行われません。長年連れ添った配偶者への居住用不動産の贈与については、平成30年の改正で持ち戻し免除の意思表示が推定される規定が整備されました(同条第4項)。

持ち戻しの考え方を、計算式で示すと次のとおりです。

みなし相続財産 = 現存する遺産 + 特別受益として持ち戻す贈与額
各相続人の取得分 = みなし相続財産 × 法定相続分 - その人が受けた特別受益

これにより、特別受益と認定された贈与については、生前に受けた相続人の相続時の取得額が、その分減らされる仕組みになっております。

Note 遺産分割における特別受益には、令和元年改正前は期間制限がなく、生前のあらゆる時期の贈与が持ち戻しの対象となり得ました。古い贈与の特定や評価をめぐって争いが長期化することも多く、現在も基本的な構造は変わりません(なお、遺留分侵害額請求の局面では、相続人に対する贈与は原則として相続開始前10年以内のものに限って算入される旨が定められています(民法第1044条第3項))。

IV具体例で見る──ある京築のご家族の場合

抽象的な説明だけでは分かりにくいので、具体例を考えてみましょう。なお、以下の数字はあくまで説明のための仮設例であり、個別事案で同じ評価がなされることを保証するものではございません。

京築のご家族で、ご両親はすでに他界。お父様の遺産は不動産・預貯金あわせて6,000万円。相続人は長男・次男・長女の三人とします。

このご家族には、次のような事情がありました。

このご家族で、長男の介護への貢献と、次男への生前贈与を反映させたいと考えた場合、寄与分と特別受益の主張が考えられます。仮に、客観的資料に基づいて、家庭裁判所の調停・審判で長男の寄与分が300万円次男の特別受益が1,000万円と認定された場合、計算はこうなります。

みなし相続財産 = 6,000万円 + 1,000万円(特別受益) = 7,000万円
寄与分を除いた分配対象 = 7,000万円 - 300万円(寄与分) = 6,700万円

長男 : 6,700万円 × 1/3 + 300万円 = 約2,533万円
次男 : 6,700万円 × 1/3 - 1,000万円 = 約1,233万円
長女 : 6,700万円 × 1/3 = 約2,233万円

法定相続分どおりなら各人2,000万円ずつのところ、寄与分・特別受益を考慮すると、長男は約533万円増、次男は約767万円減、長女は約233万円増となります。一定の調整がなされたかたちですが、長男の5年間の介護負担を直接金銭換算したいというご感情からすれば、決して十分とは感じられない金額かもしれません。これが、調停・審判での寄与分・特別受益の現実的な落としどころのひとつです。

仮に、長男の介護に関する客観的資料が乏しかったり、次男の住宅資金贈与が「生計の資本」とまでは言いがたい性質のものであった場合は、寄与分や特別受益として認められず、純粋に法定相続分(各2,000万円ずつ)に近い結論となる可能性も十分にあります。

V主張するために、いま備えておくべきこと

寄与分・特別受益は、主張すれば自動的に認められるものではございません。要件を満たしていることを、客観的資料によって立証する必要があります。とりわけ寄与分は、立証の難しさが結果を大きく左右する分野であり、資料が乏しいまま主張に踏み切っても、認容には至らないことが少なくありません。

主張の可能性を残すために、平時から備えていただきたい資料は、次のようなものです。

もっとも、客観的資料を整えたとしても、調停・審判で主張どおりの結論が得られる保証はございません。だからこそ、寄与分や特別受益が問題となるご事案では、調停・審判での結論の予測を踏まえつつ、相続人どうしの話し合いによる解決を模索することが、現実的にも経済的にも合理的な選択となることが多いのです。

ご相続が起きる前であれば、被相続人ご自身が遺言で配分を定めておくことが、紛争予防として最も実効性のある方法です。介護を担ってくれている子に多めに残したい、生前に多くを援助した子の取り分はその分減らしたい──こうしたお考えがおありなら、判断能力のあるうちに、遺言として明確に残しておかれることをお勧めしております(なお、遺留分との関係には別途配慮が必要です)。詳しくは、当サイト内の「公正証書遺言を残すべき人とは──京築のご家族のために」をご覧ください。

Important 2023年(令和5年)4月1日施行の民法改正により、特別受益と寄与分の主張には原則として相続開始から10年の期間制限が設けられました(民法第904条の3)。相続開始から10年が経過すると、これらの主張ができなくなり、純粋に法定相続分による分配となります。
ただし、(ⅰ)10年経過前に家庭裁判所に遺産分割の請求をしていた場合、(ⅱ)期間満了前6か月以内にやむを得ない事由があり、その消滅から6か月以内に家裁に請求した場合、(ⅲ)相続人全員の合意がある場合は、なお主張が可能です。なお、施行日前に開始した相続についても適用されますが、相続開始から10年経過時または施行日(令和5年4月1日)から5年経過時(令和10年3月31日)のいずれか遅い方まで主張できます(改正法附則第3条)。長期の放置は、ご事情を相続分に反映させる機会そのものを失わせかねません。
In Conclusion
事案を見立て、現実的な落としどころを探る。

寄与分・特別受益の制度は、ご家族の貢献と援助の歴史を相続分に反映させるためのものですが、調停・審判の場で認められるためのハードルは高く、認められても評価額は控えめなのが実情です。
ご事案ごとに、客観的資料の有無、相続人どうしの関係、調停・審判での結論の見通しを冷静に評価したうえで、話し合いによる解決を含めた現実的な落としどころを探っていく──そのお手伝いをすることが、相続実務の本質だと、私たちは考えております。期待を煽ることなく、また安易にあきらめることもなく、事案を率直に見立ててご説明することを心がけております。

監修 弁護士 細川 大介(福岡県弁護士会所属/登録番号 第61505号)
本コラムは、執筆時点の法令・実務に基づいております。法令改正等により最新情報と異なる場合がございますので、個別具体的なご相談は当事務所(担当弁護士・細川)までお問い合わせください。
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