I.なぜ「調査」が必要なのか

相続が発生したとき、相続人がまず行うべきことは、遺産の全体像を把握することです。これがあいまいなままでは、遺産分割協議も、相続放棄も、相続税の申告も、いずれも前に進めることができません。

例えば、遺産分割協議は、何をどう分けるのかという話し合いです。分ける対象が見えていなければ、協議そのものが成立しません。後になって新たな預貯金が発見されれば、再協議が必要となり、相続人の間に不信感を残すことになります。

相続放棄の場面では、より切迫した事情があります。相続放棄ができるのは、原則として相続の開始を知ったときから三か月以内です。この期間内に「相続するか、放棄するか」を判断するには、プラスの財産とマイナスの財産(借金)のどちらが大きいかを把握しなければなりません。三か月という期限は、調査の時間も含んだ期限なのです。

相続税の申告期限は、相続の開始を知った日の翌日から十か月以内です。財産が基礎控除(三〇〇〇万円+六〇〇万円×法定相続人の数)を超える場合は、申告と納税が必要になります。十か月という期間は一見余裕があるように見えますが、財産調査・評価・遺産分割協議・申告書作成という工程を考えると、決して長くはありません。

Point

遺産分割・相続放棄・相続税申告──。これら三つの場面はいずれも、遺産の全体像が見えていなければ進められません。財産調査は、相続手続全体の出発点であり、土台です。

II.調査の出発点──故人の自宅にある書類を集める

財産調査は、外部の金融機関や役所への照会から始まるのではありません。故人の自宅にある書類を集めることから始まります。多くの場合、故人が生前に保管していた書類のなかに、財産の手がかりが残されています。

具体的には、次のような書類を可能な範囲で集めます。

Checklist
  • 通帳・キャッシュカード(解約済みのものも含む)
  • 金融機関からの郵便物(残高通知、配当金通知、明細書など)
  • 固定資産税の納税通知書(毎年四月から五月頃に届くもの)
  • 権利証・登記識別情報通知書
  • 確定申告書の控え(過去三年分程度)
  • 保険証券・契約書のたぐい
  • 証券会社からの取引報告書・特定口座年間取引報告書
  • 借入金の契約書・残高証明書・督促状
  • クレジットカード・ローン会社からの請求書
  • 年金関係の書類(厚生年金、企業年金、個人年金など)
  • 会員制サービスや各種定期契約の書類

京築地方では、ご高齢の方が郵便物を一定期間まとめて未開封のまま保管しておられることもございます。未開封の郵便物にも目を通すことが大切です。とくに、年明けから三月頃にかけて届く金融機関の特定口座年間取引報告書、四月から五月頃に届く固定資産税納税通知書は、財産の所在を示す重要な手がかりとなります。

パソコンやスマートフォンも、可能な範囲で確認します。インターネット銀行や証券会社、暗号資産(仮想通貨)取引所の口座が見つかることがあります。これらは紙の通帳がないため、書類だけを探していると見落とされがちです。

III.不動産の調査

不動産については、固定資産税の納税通知書が最大の手がかりとなります。この通知書には、故人が所有していた市町村内の不動産が一覧表のかたちで記載されており、課税標準額や固定資産税額もここから読み取れます。

ただし、固定資産税納税通知書には、非課税の不動産(公衆用道路など)が記載されない場合があります。また、共有不動産の場合、代表者にのみ通知書が送られるため、故人が代表者でなければ通知書には現れません。

これらの見落としを防ぐため、各市町村に対して名寄帳(なよせちょう)を請求します。名寄帳は、その市町村内に所在する、故人名義の不動産すべてを一覧化したものです。行橋市役所・苅田町役場・みやこ町役場・築上町役場・上毛町役場・吉富町役場・豊前市役所のそれぞれに対し、相続関係を示す戸籍と申請者の本人確認書類を添えて請求します。

故人が京築地方以外にも不動産を保有していた可能性がある場合は、心当たりのある市町村ごとに同じ手続が必要です。不動産は所在地の市町村ごとに別個に調査しなければならない点が、預貯金との大きな違いです。

Tips

名寄帳は、現在は相続人であれば誰でも請求できます(故人の戸籍と相続関係を示す書類が必要)。ただし、土地の地番が分かっていれば、登記事項証明書(不動産登記簿)を法務局で取得することで、より正確な所有者・抵当権の有無等を確認できます。

登記簿には、抵当権など他人の権利が設定されているかも記載されています。住宅ローンが残っていれば団体信用生命保険により完済されることが多いものの、事業用借入の担保となっている場合は、ローンが残ったまま不動産を相続することになります。不動産だけを見ていては、その背後にある債務が見えないのです。

IV.預貯金の調査

預貯金の調査は、取引のあった金融機関を網羅することに尽きます。京築地方では、福岡銀行・西日本シティ銀行・北九州銀行といった地方銀行、JA京築(農業協同組合)、地元の信用組合、ゆうちょ銀行、各種ネット銀行などに口座が分散していることが少なくありません。

取引のあった金融機関が分かれば、各支店に対して残高証明書取引履歴(過去十年程度)の発行を請求します。残高証明書は相続開始日(亡くなった日)時点の残高を確認するため、取引履歴は生前の引出しや移転を確認するために必要です。

取引履歴を確認すると、次のような事実が判明することがあります。

これらの記録は、後の遺産分割協議で特別受益(一部の相続人だけが受けていた生前贈与)の主張・反論の根拠となります。また、家族の誰かが故人の通帳・キャッシュカードを管理していた場合、生前の引出しが争いの種となることもあります。

Note

取引のあった金融機関が分からない場合、金融機関ごとに照会するしかありません。地元の主要銀行(福岡銀行・西日本シティ銀行・北九州銀行・ゆうちょ銀行)にひとつずつ問い合わせる、ということになります。地元の支店があれば窓口で、なければ郵送で、必要書類を添えて照会します。手間はかかりますが、見落とすと取り返しがつかないため、心当たりのある金融機関は一通り当たることをお勧めしております。

V.有価証券・生命保険の調査

有価証券(株式・投資信託・国債など)については、まず故人が利用していた証券会社を特定することから始めます。証券会社からの郵便物(取引報告書、運用報告書)が手がかりです。

取引していた証券会社が判明したら、その証券会社に対し残高証明書を請求します。投資信託や上場株式は、相続開始日の終値で評価するのが原則ですが、相続税の計算では特例的な評価方法が定められておりますので、税理士との連携が望ましい場面です。

非上場会社の株式(自社株など)を保有していた場合は、評価が特に難しくなります。会社の決算書類を入手し、純資産価額方式・類似業種比準方式といった専門的な評価が必要です。京築地方には地元の中小企業が多く、自社株が遺産の大きな部分を占めるケースが少なくありません。

生命保険については、故人を被保険者とする保険契約を確認します。保険証券が手元になくとも、保険会社からの郵便物や、過去の確定申告における生命保険料控除の記載から契約の存在を推測できます。生命保険金は、原則として受取人固有の財産であり、遺産分割の対象とはなりません。ただし、相続税の課税対象にはなりますし、特定の相続人だけが多額の保険金を受け取った場合は特別受益に準じて持戻しが認められる場合もございます。

Tips

保険契約照会制度を利用すれば、生命保険協会を通じて、加盟保険会社における契約の有無を一括照会することができます(一回三〇〇〇円程度の手数料)。故人がどの保険会社と契約していたか分からない場合に有効です。

VI.負の遺産の調査

相続は、プラスの財産だけを引き継ぐ手続ではありません。借入金、保証債務、未払いの税金や医療費といったマイナスの財産も、原則として相続人が承継します。

借入金の調査には、信用情報機関への開示請求が有効です。三つの主要な信用情報機関──全国銀行個人信用情報センター(KSC)、CIC、日本信用情報機構(JICC)──のそれぞれに対し、相続人が故人の信用情報の開示を請求できます。

これにより、故人名義の借入残高・クレジットカードの利用状況・保証人になっている事実などが判明することがあります。家族にも内緒にしていた借入が、ここで初めて発覚することは決して珍しくありません。

とりわけ慎重に確認すべきは、保証債務です。故人が知人や親族の借入の連帯保証人になっていた場合、その地位も相続されます。主債務者が滞納すれば、保証人の相続人が請求を受けます。京築地方では、地縁・親族関係に基づく保証関係が残っていることもあり、注意が必要です。

Caution

プラスの財産よりマイナスの財産が大きい可能性が見えてきたら、相続放棄の検討を急ぐべきです。原則として、相続の開始を知ったときから三か月以内に家庭裁判所への申立てが必要です。詳しくは、当サイト内の「相続放棄の三か月の期限と、過ぎてしまった場合の対応」をご覧ください。

VII.財産目録の作成

調査が一通り終わったら、財産目録を作成します。財産目録は、遺産分割協議の前提となる「分けるものの一覧表」であり、相続税申告の基礎資料でもあります。

形式に決まりはございませんが、次のような項目を整理しておくことが実務上有用です。

財産目録があれば、相続人全員が同じ情報を見ながら遺産分割協議を進めることができます。情報の非対称が、相続争いの始まりです。透明な情報共有は、円満な協議の最も大きな支えとなります。

VIII.弁護士に調査を依頼するという選択肢

相続財産調査は、ご自身で行うこともできます。しかし、次のような場合は、弁護士にご依頼いただく方が結果として近道になることがあります。

弁護士には、弁護士法第二三条の二に基づく照会権限があり、金融機関・役所・各種機関への照会で、相続人個人では取得が難しい資料を集めることができます。また、相続税申告が必要な場合は、提携している税理士と連携してワンストップで進めることも可能です。

当サイトでは、京築地方(行橋市・苅田町・みやこ町・築上町・上毛町・吉富町・豊前市)のご家族の相続について、財産調査から遺産分割協議・調停・訴訟までを一貫して承っております。「まず、何があるのか分からない」という段階で結構です。お話をお聞かせいただければ、調査の方針と費用感をご案内いたします。