「あの子にだけは、財産を渡したくないんです」──。
長年の確執、ご本人への暴力、財産の使い込み、絶縁状態──そうしたご事情を抱えて、ご相談に来られる方は、決して少なくありません。けれども、ご家族の感情と、相続制度の現実との間には、相応の距離があるのも事実です。本稿では、「相続させたくない」という願いに、法律がどこまで応えうるかを、簡潔にご説明いたします。
I「相続させたくない」という願いの法的な限界
まず、大原則から申し上げます。日本の相続法は、遺留分という仕組みにより、配偶者・子・直系尊属に、最低限の取り分を保障しています(民法第1042条)。
つまり、いくら遺言で「長男には一銭も渡さない」と書いても、長男は他の相続人に対して遺留分相当額の支払いを請求できます。遺言だけでは、相続権そのものを奪うことはできません。
そこで、ご事情によっては、相続権そのものを失わせる二つの制度──相続欠格と相続人廃除──を検討することになります。
II相続欠格──法律が自動的に相続権を奪う
相続欠格は、極めて重大な非行があった相続人について、法律が当然に相続権を奪う制度です(民法第891条)。家庭裁判所の手続を要せず、要件に該当すれば自動的に相続権を失います。
欠格事由は、次のとおりです。
- 被相続人または相続について先順位・同順位にある者を故意に死亡させ、または死亡させようとして刑に処せられた者
- 被相続人が殺害されたことを知って告発・告訴しなかった者(例外あり)
- 詐欺・強迫により、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回・取消・変更させた者
- 詐欺・強迫により、被相続人の遺言を撤回・取消・変更させた者
- 被相続人の遺言書を偽造、変造、破棄、隠匿した者
このように、相続欠格は犯罪行為レベルの非行に限られます。「長年仲が悪い」「親不孝だった」というレベルでは、欠格には到底当たりません。
III相続人廃除──家庭裁判所の審判で相続権を奪う
欠格に至らないものの、なお相続させたくない事情がある場合に検討されるのが、相続人廃除です(民法第892条)。
これは、被相続人(あるいは遺言執行者)が家庭裁判所に申立て、家庭裁判所の審判によって相続権を剥奪する制度です。申立てれば自動的に認められるわけではなく、家庭裁判所が「廃除すべき事由がある」と判断した場合のみ認められます。
廃除の対象になるのは、遺留分を有する推定相続人(配偶者、子、直系尊属)です。兄弟姉妹は遺留分がないため、遺言で「相続させない」と書けば足りるので、廃除の対象にはなりません。
IV廃除が認められる事由
廃除事由として民法が定めているのは、次のとおりです(民法第892条)。
- 被相続人に対する虐待
- 被相続人に対する重大な侮辱
- その他著しい非行
実務で廃除が認められた事例には、次のようなものがあります。
- 長年にわたり被相続人に暴力を振るい続けた子
- 被相続人の財産を勝手に持ち出し、使い込んだ子
- 賭博や浪費により多額の借金を作り、被相続人に繰り返し肩代わりさせた子
- 被相続人を介護施設に放置し、面会も拒否し続けた子
- 異性関係や暴力団との交際で家族の名誉を著しく損ねた子
一方、認められなかった事例も多くあります。
- 長年連絡を取らない程度の疎遠
- 仕事の選択や生き方をめぐる価値観の相違
- 結婚相手をめぐる反対
- 軽微な口論や暴言
家庭裁判所は、廃除の判断にあたって、「相続権を剥奪するに足りる重大性」を慎重に審査します。「親不孝」程度では、まず認められません。
V生前廃除と遺言廃除
相続人廃除には、「生前廃除」と「遺言廃除」の二つの方法があります。
| 方法 | 申立人 | 申立時期 |
|---|---|---|
| 生前廃除 | 被相続人本人 | 生前に家庭裁判所へ |
| 遺言廃除 | 遺言執行者 | 相続開始後、遺言の効力発生時に |
生前廃除は、ご本人がご存命中に手続を進められるため、ご本人の言葉で証拠を残しやすい利点があります。一方、相手方と直接対峙することになるため、ご家族の関係が一段と悪化するリスクも伴います。
遺言廃除なら、ご本人の意思を遺言に記し、亡くなった後に遺言執行者が代わって申し立てます。ただし、ご本人がすでに不在のため、廃除事由の立証が困難になることもあります。
VI実務上の現実──廃除はハードルが高い
正直に申し上げると、相続人廃除は家庭裁判所の認容率が低い制度です。司法統計によれば、申立件数のうち認容されるのはおおむね二割程度にとどまります。
その理由は、相続権の剥奪が当該相続人の重大な不利益であり、慎重な判断が求められるからです。家庭裁判所は、ご本人と相続人の関係性、非行の重大性・継続性・反復性、ご本人の真意などを総合的に検討します。
そのため、廃除を検討する前に、まず次のような代替的な手段を検討することをお勧めいたします。
- 遺言で他の相続人に厚く分配する(遺留分は残るが、最小化できる)
- 生前贈与で財産を移転しておく(時期と金額に注意)
- 生命保険を活用する(原則として相続財産にならない)
- 家族信託で承継先を指定する
「相続させたくない」というお気持ちには、相応の理由があるはずです。けれども、廃除の道はハードルが高く、認容されない可能性も高い現実があります。
むしろ私たちは、「させない」ことに執着するより、「他の方にどう残すか」を主軸に据える方が、結果的にご本人のご意思を実現しやすいと考えております。
遺言、生前贈与、生命保険、家族信託──ご事情に応じた最適な組み合わせを、ご一緒に設計いたします。
本コラムは、執筆時点の法令・実務に基づいております。法令改正等により最新情報と異なる場合がございますので、個別具体的なご相談は当事務所(担当弁護士・細川)までお問い合わせください。
細川のプロフィールについては、こちらをご確認ください。